MEIDEN 明電舎

PHILOSOPHY企業理念

企業使命

より豊かな未来をひらく

私たちは、より豊かで住みよい未来社会の
実現に貢献するため、
新しい技術と価値の創造に
チャレンジし続けます。

提供価値

お客様の安心と喜びのために

私たちは、お客様の安心と喜びのために、
環境への配慮と丁寧なサポートを徹底します。
そして、品質の高い製品・ サービスを通じて、
お客様の課題解決や
夢の実現をお手伝いします。

明電グループ企業理念は、品質の高い製品・サービスをご提供することにより、お客様の課題解決をお手伝いし、お客様に喜んでいただきたい。そして、この事業活動を通じて地球環境問題など社会的課題の解決に積極的に寄与し、より豊かな未来社会の実現に貢献することで、社会的責任(CSR)を果たしていきたい。そのために私たちはチャレンジし続けなければならない、という思いを表現しています。それは、電気機械を製作・修理する町工場としての創業以来、創業者・重宗芳水の志を受け継ぎ、時代の移り変わりと共に進化し、共有されてきた価値観であり、全ての事業活動の根幹を成しています。この企業理念のもと、明電グループは社会と共に成長し、社会から必要とされる企業を目指し、新しい技術と価値の創造にチャレンジし続けます。

HISTORY歴史

  1. 1

    創業

  2. 2

    モートルの明電の誕生

  3. 3

    パワーエレクトロニクスの明電へ

  4. 4

    システムエンジニアリングの明電へ

  5. 5

    創業100周年を迎えて

  6. 6

    創業の地大崎へ

  7. 7

    創業120周年を迎えて

1創業

明治30年
(創業以前~明治30年)

日本の工業がまだまだ進んでおらず、産業機器の多くを外国製品に頼っていた時代、創業者 重宗芳水は、いずれは電気機械の国産化時代がやってくると確信し、明治30年、工場を創設。社名は、年号・明治の「明」と電気の「電」、そして志を同じくする者が集うところという意味の「舎」を取って「明電舎」とした。

当初は電気機器の修理、スイッチの製作を主としていたが国内製電動機をつくろうと努力を重ねた。しかし、独自のものをつくろうとすればするほど、ぶつかる壁は厚く、大きくなった。それでも芳水は、どんな困難にぶつかっても、自分の力で考え抜いて開発を進めていった。芳水は、機械科出身なので、設計の方法も、機械設計の方式を採り、従来の電気設計のやり方に頼らないで工夫を重ねていった。そうしていつしかそれまで誰も行っていない数々の新しいやり方を考え出した。このように芳水の粘り強さや探究心、独自のものづくり精神というのは、明電舎のDNAとして今もなお受け継がれている。

2モートルの明電の誕生

(明治34年~大正7年)

1901年(明治34年)、三相誘導電動機の開発に成功。電動機すなわちモーターのことである。36年から37年にかけて18台の電動機を販売したが、故障が続出し、芳水自ら修理と保守点検に奔走した。輸入品のコピーであったことが失敗の原因であった。この失敗を糧に当社独自の製品開発を志して研究、試作に力を注ぎ、明治38年には、芳水独自の優れた「誘導電動機設計法」を考案し、39年からこの独自の設計法による電動機の生産を本格的に開始した。”モートル(モーター)の明電”の誕生である。

3パワーエレクトロニクスの明電へ

(昭和46年~55年)

昭和40年半ばになると、量より質の向上を求める社会風潮の変化に伴い、企業体制の建て直しに迫られた。当時の社長平木は時代の流れをいち早く察知し、経営のあり方を、量的経営から質的経営へと転換すること、そして、技術面では、従業員の創造力を最大限に生かした新製品を開発することが必要と考えた。

こうした背景の下、昭和47年、創業75周年を迎えたのを契機に「モートルの明電」から体質改革を目指す「パワートロニクスの明電」へと変貌した。これは、当社の長い歴史から培ってきた重電技術(パワー)と最新鋭の電子応用技術(エレクトロニクス)を融合させた新しい製品を開発し、重電機メーカとしての体質向上を目指したもので、「パワートロニクスの明電」の旗揚げであった。

4システムエンジニアリングの明電へ

(昭和62年~平成5年)
MEIDEN

昭和62年から平成5年にかけてのこの時期は、当社も大きく飛躍した時期である。大型景気により大幅に増産し、各工場の生産能力の拡充、体制の見直し、グループ会社の拡充と企業力強化に向けた様々な事業を展開した。また、広報活動にも力を入れ、新聞・雑誌広告以外にもテレビCMをシリーズで制作した。CMは、従業員自らが登場するという当時としては大変珍しい構成であったため、世間の評判を呼び、以降、この手法は多くの企業CMで取り入れられるようになった。

事業としては、パワーエレクトロニクス以外にも、メカトロニクスの分野、エレクトロニクス分野を新たに加え、事業を3本柱とし、各分野の技術を統合して管理・監視・制御のシステム化を推進し、“システムエンジニアリングの明電”へと発展させていった。また、この頃に現在のシンボルマークである明電シンボルマークを制定した。

5創業100周年を迎えて

(平成9年~)

平成9年に明電舎は創業100周年を迎えた。それまでの20世紀を振り返ると、激動の時代であった。日露戦争から始まり、第二次世界大戦、戦後の不況、高度経済成長時代、バブル崩壊という激動の中で、当社も数多くの困難に立ち向かってきた。終戦で多くを失い、再出発を余儀なくされたこともあった。バブル崩壊後は経営環境が激変し、経営上の危機に直面したこともあった。しかし、技術の積み重ね、人財の育成など先人が残されてきたものを継承し、それを新たな発展の糧として100周年を迎えることができた。

6創業の地 大崎へ

(平成19年~)

創業120年を迎えた2007年10月、創業の地 東京都品川区大崎に巨大なビルとやさしい緑で形成されるThinkPark Towerが誕生した。大崎地区開発プロジェクトの一環として、当社と世界貿易センタービルディングとの共同開発で作られたこの空間は、地上30階建てのオフィスタワーを中心に、ショップやレストラン、ホテル、フィットネスクラブ、メディカルセンターなど多数の施設によって構成されている。施設全体の電気設備は明電舎によるもので、明電舎の技術力や製品が随所で生かされている。

7創業120周年を迎えて

2017年に当社は創業120周年を迎えた。世界の中で、当社はエネルギー安定供給のための高度技術の確立、環境保全技術の発展等を通して、「豊かな経済社会」構築に貢献すべく、今後もたゆまぬ努力を続けていく。